
歩いていると、思わず足を止めたくなるお店や場所に出会うことがあります。観光地の華やかさや観光客のざわめきの奥に、昔から変わらないまちや地元の人たちの時間が穏やかに流れていました。伊勢市は気張らずに人を迎え入れてくれる、そんな懐の深いまちでした。
今回、伊勢のまちを案内してくれたのは、ミュージシャン・鰹節屋さん・お塩屋さんなど、複数の顔を持つ「オグロック」こと、小黒真平(おぐろ しんぺい)さん。大学進学を機に、 地元である伊勢を離れましたが、Uターンし、現在は、伊勢志摩を駆け回る生活をされている方です。

オグロックさんとともに歩いたのは、観光地伊勢の奥に潜む、派手さはないけれど、一度触れたら忘れられないあたたかい場所ばかり。「伊勢のお人好し」の気風に触れる旅を始めましょう。
「鳥長」があるから、この通りは安心する
最初に訪れたのは、伊勢市駅北口から西の方へ10分ほどのところにある「鳥長(とりちょう)」。お店にたどり着く前から香ばしい香りが漂漂ってきます。ここは、松阪の錦爽鶏や熊野地鶏などこだわりの鶏肉を扱っている伊勢市に古くから根付く鶏肉屋さん。


「この味で育ったといっても過言じゃない」と笑うオグロックさんにとって、鳥長はまさに“伊勢のソウルフード”。
取材始めに早速、店主の島田さんから「良かったら食べてみて!」と出来立ての鳥長名物の焼き鳥を渡されました。上から胸、皮、皮、皮の順番に刺されたの焼き鳥の構成にびっくり。

「 『とり皮が苦手』っていう人も中にはいると思うんです。でも、鳥長の焼き鳥は、最初の一口は胸肉のしっかりした食感で、次に皮に行く。この食感のバランスが絶妙で、スッと食べれちゃう(笑)」とオグロックさん。
自慢のタレは、創業から60年以上ずっと継ぎ足して作られている秘伝の味。タレの近くにバナナの皮などを置いておくと、フルーティーな香りに。どんどん発酵して育てているそうで、伊勢ならではの甘さがあるタレでした。
「焼き鳥を買うと、タレを追加で袋に入れてくれるんです。一緒に買ったからあげと焼き鳥をバラしてご飯の上に乗せ、タレをかけると味が絶品!食べ応えがうな重みたいになるんです」とオグロックさんならではの楽しみ方も。

「学校終わりの夕方、目の前を通るといい匂いがして……夜ごはん前にこの匂いを嗅いで帰るあのツラさ……そりゃ、ここで育ったら太るよね(笑)」。
取材中には、「焼きたて、食べな」と出来立ての焼き鳥、「あと、これも食べてほしいんよ~!」と手羽先…と、次から次へとおもてなししてくれる店主と奥さま。そのやさしさに感動しました。
この地で創業して60年以上。まちの景色が変わっても、お腹を空かせた子どもたちや地域の人たちが鳥長の匂いに引き寄せられる光景だけは、ずっと変わらずそこにある。焼き鳥の味だけではなく、店主の島田さんや奥様の人柄の良さが“変わらないこと”が、このまちの安心感を作っているのかもしれません。


127年続く手仕事の和紙工房「大豊和紙」
伊勢市大世古(おおぜご)のまちに静かに佇んでいるのが「大豊和紙(たいほうわし)工業株式会社」。1899年に創業し、伊勢神宮のお札用の紙を作り続け、今年で127年続くを迎える老舗の和紙工房です。
現在は手すきで作る和紙と機械ですく紙の両方を製造しています。工場内の抄紙場(しょうしじょう)では、1日100~200枚の和紙が、職人の手によって一つひとつ丁寧にすかれています。


「江戸以前の文章が今も残っているのは、和紙だからなんです」と話すのは、社長の中北(なかぎた)さん。江戸以降に使われ始めた紙は酸性のものが多く劣化しやすいため、長い年月には耐えられないことが多いそうです。
「アナログに勝るものはないんです。和紙は人類最強のアナログメディアですから」――その言葉からは、日々、紙と向き合ってきた職人ならではの誇りが滲み出ていました。

同じ敷地内には、「伊勢和紙館」が併設されています。伊勢和紙の歴史や道具を紹介しているほか、和紙を使ったはがきやレターセットだけではなく、名刺ケースやキーケースなどさまざまな商品も並んでいました。和紙の触り心地の良さだけでなく、名刺ケースなど使えば使うほど味が出るような商品ばかりでした。長い年月をかけて積み重ねられてきた職人の技が息づく場所でした。


観光客も地元も笑顔にする、伊勢の老舗酒屋「酒のあおき」
伊勢市宮町にある「酒のあおき」。伊勢市で100年続く酒屋さんです。建物から飛び出すように見えるワインボトルがチャームポイント。「僕が幼い頃から、このでっかいワインボトルがあったんですよ」と話すオグロックさん。
酒のあおきさんとの交流が始まったのは、オグロックさんの仕事の一つ、お塩屋さんの配達で訪れたことから。


以来、贈り物を選ぶときには、贈り物を選ぶ際は、店主の青木茂雄さんの確かな目利きに助けられています。
「僕はお酒があまり飲めないので、義理の父などお酒が好きな人への贈り物のときは、何本か見繕ってもらっています」。
店内には、三重独自の酒米「神の穂(かみのほ)」を使った日本酒をはじめ、ワインやビールが所狭しと並んでいます。さらに、店主と奥さまの千香さんが各地をまわって、自分たちの舌で「美味しい」と感じたものを取り揃えています。お菓子やご飯のお供などお酒以外の商品もあり、お酒を飲まない人でも楽しめる品揃えになっています。


お酒好きでやさしいご主人と、いつも明るく元気な千香さんが営む「酒のあおき」。伊勢神宮のお参り帰りに立ち寄る観光客も多く、観光客には、「お参り行ってきたん~?」と声をかけ、話が弾むことも多いんだとか。
「ここに来てもらった人とは、お酒の試飲をしてもらって、会話に花が咲くんよ」と千香さん。
これから観光に行く人には「店の前に車を停めときないさ」、荷物が多い人には「ちょっと駅まで送ってったろ」など、商売の枠を超えたあたたかい言葉一つひとつは、お人よしで伊勢らしい“お節介”。初めて訪れた人も、会話を交わすうちに自然と肩の力が抜ける。そんな居心地の良さがありました。
「お客様に支えてもらってここまでやってこれた」と二人は話しますが、きっとそれは青木さん夫婦の思いやりがあってこそだと感じました。


特別な日にも、何気ない日にも寄り添う洋菓子店「シラセ」
最後に向かったのは、伊勢市河崎にある老舗洋菓子店「シラセ」。オグロックさんにとって、“シラセは生まれた時からここにあるのが当たり前”のお店です。
1962年に現社長・渡邉和人さんの父が創業し、60年以上にわたり伊勢市で親しまれてきたお店です。現在は渡邉さんが二代目となり、その想いと味を受け継いでいます。店名の由来は、父の出身地である白瀬村(現・いなべ市藤原町の北西部)から。「最初は白瀬洋菓子店という漢字表記でしたが、洋菓子屋らしくシラセに変わったんです」。

そんなシラセの名物と言えば「神宮スギのバームクーヘン」。伊勢市民で知らない人はいないほど有名な商品です。「和菓子店が多い伊勢の地で、洋菓子店としてやっていくには?」と考え続け、「神宮スギを洋菓子で表現しよう」と生まれたのが、このバームクーヘン。昔からの製法にこだわり、専用のオーブンで一つひとつ丁寧に手焼きで作られています。神宮スギの年輪を模しているため、「縁起が良い」「長寿を表している」など、お祝いごとで贈るお菓子としても親しまれています。


「シラセのケーキやバームクーヘンを買うと、その日が少し贅沢な日になる。休みの日を満喫している気分になるんです」とオグロックさん。
伊勢市民にとって、シラセのバームクーヘンはお祝いごとや贈り物の定番。「ここの味を食べると落ち着く」「貰うと嬉しい」――そんな声が自然と集まります。渡邉さんも「結婚式の引き出物や入学の内祝いなど、人生の節目に選んでいただけることが嬉しい」と話します。

暮らしの中にそっと溶け込み、特別な日にも、何気ない日にも寄り添ってくれる。オグロックさんの言葉どおり、伊勢のまちの日常に甘さと豊かさをそっと加えてくれる、そんなお店でした。
伊勢を歩けば、あたたかさに触れる
オグロックさんと共に巡った伊勢の旅。案内してもらいながら、改めてこのまちの良さに気づかされました。何度も通ったことのある、見慣れた通りのはずなのに、これまで気付かずにいた時間や物語が積み重なっていました。
どの場所にも共通しているのは、訪れる人を自然体で迎え入れてくれる人のあたたかさ。そこに根付く味や技術だけではなく、その人柄や空気までも受け継がれ、このまちの安心感を作っているように感じます。

観光地として多くの人が訪れ、賑わうまちの奥には、地元の人たちのゆったりとした時間が流れています。派手さはなくても、ふとした匂いや会話、何気ないやり取りの中に、このまちの豊かさが詰まっていました。
知っている場所だと思っていた場所に、まだ触れたことのない魅力がある。歩けば歩くほど、新しい一面に出会い、人のあたたかさを何度も感じることができる。
気張らず、飾らずに人を迎え入れてくれる、その懐の深さこそが、伊勢の魅力なのかもしれません。伊勢に訪れた際には、ぜひ少しだけ寄り道してみてください。


新卒担当🌷
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