
今も高茶屋に残る、まちの魚屋さん
まちのなかで、魚屋さんの姿を見かけることはすっかり少なくなりました。
それでも、今も変わらず、津市高茶屋の静かな住宅街の中で、看板を掲げ続ける一軒のお店があります。そのお店の名前は「魚嘉(うおか)商店」。創業から100年以上、この地域で愛され続けてきた老舗の魚屋さんです。現在は2代目の店主・横山雅郎(まさお)さんと、その後ろ姿を追う孫の桂大(けいた)さんの二人で、大切にその場所を守り続けています。

新鮮な魚と、受け継がれたお惣菜
店内のショーケースには、その日に仕入れた新鮮な魚が並びます。


「煮付けにする?」「刺身にする?」「何人分にしよか?」――そんな会話を交わしながら、お客さんの要望に合わせて、魚をさばいていくのが、魚嘉商店の日常です。

「その時の、一番美味しい、旬のものを食べてもらって、季節の流れや時間の流れを感じてもらえたら」と桂大さんは話します。
「今日のおかず、何にしようかな」と迷っていても、話をしていれば、いつの間にか献立が決まっていく。ここは、毎日の食卓をそっと助けてくれる存在でもあります。

新鮮な魚と並んで、この店のもう一つの主役となっているのが、お惣菜です。
かつては仕出し料理を手がけていたこともあり、お惣菜のレパートリーは数えきれないほど。毎日、5種類ほどが日替わりで並びます。どれも一度食べれば納得の美味しさです。

この美味しさを長年守り続けてきたのは、雅郎さんの亡き奥様(桂大さんの祖母) でした。「うちの惣菜はおいしい、というブランドは祖母が作り上げたもの。お客さんが慣れ親しんでいる味を、僕の好き勝手に変えるわけにはいかないんです」と桂大さんは言います。
実は、当時のレシピはほとんど残っていないそう。今は、長年お店を支えてきたパートの方に当時の作り方を聞きながら、慣れ親しまれたその味を絶やさないよう、大切に作り続けています。

祖父の「継がせたくない」本音と、孫の覚悟
今でこそ、一緒にお店に立つ二人ですが「儲からない業界で苦労はさせたくないから、本当は次の代に継がせるつもりはなかったんです」と雅郎さんは話します。
「自由な時間を過ごそうと思ってたのに、教えなあかんようになったわ」と冗談めかして笑うその表情には、どこか照れくさそうな温かさがありました。

継ぐ決意をした桂大さんにその思いを聞くと、そこには静かな覚悟がありました。「大学の頃から地域の活性化に興味があって、地域に担い手がいないのが一番の課題だと感じていたんです。その課題に気づいている自分が、ここから逃げていいんかなって思ったんです」と桂大さんは振り返ります。

そして、何より、30年、40年と通い続けてくれる常連さんたちの存在が桂大さんの背中を押してくれました。「ここはお客さんたちの集合場所。なくすわけにはいかないと思ったんです」と桂大さんは話します。
「15時組」と「17時組」のいる風景
お店には「15時組」「17時組」と呼ばれる常連さんたちがいます。
その時間になるとお客さんがお店に集まり、椅子に腰掛けて世間話に花を咲かせるのが、このお店のいつもの風景です。
時には、店に立つ桂大さんのもとへ「怪しい電話がかかってきたんだけど、これって詐欺かな?」と、相談が舞い込むこともあるのだとか。

「ご贔屓にしていただいている方からは、『店がなくなったら困るわ』というお声もいただきます。いけるところまでは続けていきたい、と今は思っています」と、雅郎さんは穏やかに話してくれました。
近所の方々にとっては、美味しい魚を買いに来て、いつものやり取りのなかで、ふと困りごとも話せる、安心できる場所でもあります。

人の温かみを感じられるお店にしたい
「お店を大きくしたいわけじゃないんです。人間味を大切に、人の温かみを感じられることを大事にしていきたいんです」と話す桂大さん。
その言葉の通り、店内には常連さんの曾孫さんからもらったという手作りのカードが大切に飾られ、近所の小学校からは子供たちが仕事見学にやってきます。

取材中、地域の方々とのエピソードが次から次へと出てくる様子に、この店がどれほどまちの人に親しまれてきたかが伝わってきました。
美味しい魚と、二人の笑顔。一度訪れたら「また来たいな」とやさしい気持ちになる。魚嘉商店は、そんなお店でした。


株式会社ライフ・テクノサービス採用担当。男の子二人のワーママ。
お家でのんびり過ごすのが好き。





