清流として知られる一級河川「宮川」をはじめとした豊かな自然を有するまち、大台町。川釣りなど自然を生かしたアクティビティも盛んです。また、近隣の多気町、明和町、度会町、紀北町とともに、地域全体を「美村(びそん)」と名づけ、自治体の枠を超えた連携による観光やまちづくりを促進しています。

美村エリアに親戚がいる筆者も、宮川や豊かな自然が有名だということは知っていましたが、「ほかにはどんな魅力があるんだろう」と、あまりイメージが湧いていませんでした。

そこで、大台町の新しい見どころを「美村アンバサダー」の西口茉実さんに紹介していただきます。

茉実さんは松阪市出身。10年前に大台町へ移住し、地域おこし協力隊や観光協会での仕事を通して、まちのにぎわいづくりに携わってきました。現在は、テレビやラジオのキャスター、ライターとして活躍しながら、地域の魅力を発信しています。

名店の味を受け継ぐまちのラーメン屋さん「一富士」

「大台町を紹介するなら外せない!」とまず最初に紹介していただいたのは「中華そば 一富士」。平日のお昼時になると、店先に行列ができるほど、地元住民から観光客まで根強い人気があるラーメン屋さんです。

人気メニューは「中華そば」。和風ベースのスープは、ダシの旨味が利いていて塩味は穏やか。野菜のうま味もしっかり感じられる味わいです。

ダシからこだわっており、「子どもからシニア層の方まで安心して食べられます」と茉実さん。

この味は創業者が弟子入りしていた松阪の名店「中華そばの不二屋」からを受け継いだもの。不二屋を知る人は、一富士の店の雰囲気や味、香りから、そのつながりに気づくそうです。受け継いだ味を守り続ける、店主の真摯な姿勢がうかがえました。

南国? 親戚の家? 不思議な癒し空間「恋するしっぽ。」

茉実さんから「ユニークなカフェを紹介します!」と言われて向かったのは、一富士から車で5分ほどにある粟生(あお)地域。熊野古道に通じる街道沿いの細い道を進むと、カフェ「恋するしっぽ。」に到着しました。

のれんがある以外は普通の民家に見えましたが、玄関をくぐると景色は一変!南国風のカラフルなインテリアでにぎやかな店内。なのに不思議と、親戚の家に遊びに来たような懐かしさや安心感を感じます。

メニューは「沖縄そば定食」や「エビフライ定食」などボリュームのあるランチや、写真を撮りたくなるほど華やかに盛り付けられたフルーツのかき氷や種類が豊富なオリジナルスイーツなど、どれを食べようか迷うほど充実しています。

「恋するしっぽ。」を営むのは、伊勢市出身でカフェの開店を機に大台町へ移住した柴田みゆきさん。

「田舎だけど、このまちの人は閉鎖的じゃないんです。私みたいな外から来た人でも、受け入れてくださる。思っていたより寛容的な方が多いのかも」とまちの印象を話してくれました。

話の途中で「そうだ、私のほかにも移住してきてた人がいるから紹介するね!」とお店を飛び出す柴田さん。お店から数分で着いたその場所には、トタン張りの大きな建物が。

かつて大工が使っていた倉庫をライブハウスにリノベーション。ここで開催されるライブを目的に海外の旅行者がやってくるのだそう。まだまだ改装する予定があるようで、「ロマンがあるでしょ」と楽しそうに話してくださいました。

ライブハウスの見学が終わると、今度は柴田さんが「うちのカフェの裏庭も見ていって」と案内していただくことに。

裏庭にはレモンの木や小さな畑があり、シカやイノシシ、ハチなどと格闘しながら、植物や野菜を育てているそうです。さらに、柴田さんが自らつくったピザ窯も。ここで焼いたピザを常連客に振る舞ったり、地元の少年野球チームの子どもたちを招いてバーベキューを開いたりしたこともあるといいます。

「これからどうやって使おうか、夢が広がるよね」

カフェだけでなく裏庭でも、地域の人たちと「どうしたら楽しく過ごせるだろう」と想像を膨らませる柴田さん。その姿に、カフェで感じた安心感の理由がありました。

「恋するしっぽ。は、私にとってもうひとつの居場所みたいなカフェなんです」と話す茉実さん。お子さんと一緒に訪れると、居心地がよくて眠ってしまうこともあるのだとか。柴田さんは「うれしいですよね。近所の人にも、昼寝だけでもいいからおいでよってよく言うんですよ」」とにっこり。

地域に受け入れられ、愛される「恋するしっぽ。」。南国のような、親戚の家のような、不思議と心が安らぐ場所で、柴田さんが温かい笑顔で迎え入れてくれます。

人と動物を思うリーゼント店主のいる「長ケカラオケ・喫茶ともちゃんの店」

粟生地域から車で10分ほど南西へ進み、長ケ(なが)地域へ。最後に紹介していただいたのは、「長ケカラオケ喫茶・ともちゃんの店」。

駐車スペースのすぐ後ろには広い庭のような敷地があり、柵の中にはヤギが数匹。すぐ隣のガレージには高級車が並んでいます。意外な光景に驚く筆者を横目に、「おもしろいですよね〜」とすっかり見慣れた様子の茉実さん。

入り口の方へ向かうと、店名が書かれた大きな看板とカラフルな電飾。おそるおそる中に入ると、金ぴかの着物を身につけた男性が登場!ビシッと決まったリーゼントも相まって、一歩後退りしてしまうようなインパクトがあります。

この方こそ、店名にある「ともちゃん」こと、店主の西岡智生(ともたか)さんです。東京出身の西岡さんは、当時交際していた妻の祖父の介護を手伝うため大台町で暮らし始めました。一時的な滞在のつもりでしたが、やがて移住することに。

「長ケカラオケ喫茶・ともちゃんの店」のはじまりは、趣味で開いていたカラオケ会でした。そこで親しくなった近所の方から「好きに使っていいよ」と空き家を貸してもらい、店を開きました。今では住民の交流の場になっています。

ともちゃんの店で飲んでいた常連さん。快く取材に同席してくれた。

店の一角には、カラフルな衣装とカツラなどの小道具がずらりと並んだ衣装部屋。カラオケ喫茶を盛り上げるため、自ら衣装を着てものまねを披露しているそう。西岡さんが身につけている金ぴかの着物もそのひとつ。まちの社会福祉協議会から依頼を受けて、ものまねショーに出演したこともあります。

「“ものまね歌手がやってきました”って紹介されたけど、『あんた、長ケの人やな』ってバレてました。狭い地域だから、そりゃみんな知ってるよ!って(笑)」

エルビスプレスリーや和田アキ子など、ものまね用の衣装が並ぶ。

カラオケ喫茶を営む傍ら、動物愛護団体を立ち上げ、民生委員を務めるなど地域の活動にも積極的に関わってきた西岡さん。

「このまちになかったから、動物愛護団体をつくって保護活動をしているんですよ。我が家にいるワンちゃんもヤギも、みんな保護した子なんですよ」

「民生委員のときは苦労しましたね。『ご飯の作り方がわからんから来て』とか、けっこう些細なことでも呼び出されるんですよ」

保護活動を始めた時から、1匹ずつ写真を撮って記録している。

大変なことも多かったと、笑いながら振り返る西岡さん。それでも地域に関わり続ける背景には、東京から移り住んだからこそ感じた、日本一の清流と呼ばれた宮川と大台町への思いがありました。

「地元の人にしたら宮川があることは当たり前かもしれない。東京から来た俺は違う。宮川の美しさに感動して、『宮川があるまちを守らなくては』って思ったんだろうな」

その思いを行動に移すきっかけとなったのが、50歳を迎え、自分のこれからを考えたことでした。。

「人生100年としたら、あとの50年はなにやろうって。この地域だと50歳はまだまだ若手、ペーペーなんです。だから、1歳のつもりでやりたいことをやってみようって。まあ、暇とお金だけはあるから。8割方は自分のために使ってるけど……2割は地域に還元できてるかな(笑)」

冗談交じりの言葉の奥に、西岡さんの地域への温かな思いがにじみます。キラキラした衣装だけではなく、その思いにも確かな輝きを感じました。

愛された自然に加わる新しいパワー

大台町を訪れる前、筆者が知っていたのは、宮川と豊かな自然のことだけでした。しかし、茉実さんとまちを巡るなかで、地域を守ってきた地元の人たちと、個性とやさしさが溢れる移住者が交わり、つながりやにぎわいを生み出していることに気づきました。

人々のエネルギーと、包み込むように心を癒す自然。その2つが重なり合うことが、大台町の魅力。

大台町は、美しい清流と豊かな自然だけのまちではありません。
改めて訪れてみると、やさしくて、おもしろいまちでした。

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