
老年だったあの人と、若かった私の風変わりな思い出たち。
tayutaiはいろんな人が執筆する、思い出のコラムです。
私の大好きだったおじいちゃんが亡くなったのは、小学校1年生のときでした。
そのときは一生分の涙を流したかのように、ただただ泣き続けていました。
葬儀が終わった夜、家族と過ごしていた部屋は暑く、窓を網戸にしていました。
すると、セミが何度も部屋に入ろうと、網戸に体当たりしてきたのです。
もしかすると、おじいちゃんがセミに姿を変えて、会いに来てくれたのかもしれない――幼い私はそう思いました。
その夜には、もうひとつ不思議なことがありました。
泣き疲れて眠っていたはずの私が、再び泣き出した瞬間、部屋の蛍光灯がチカチカと点滅を始めたのです。
そして私が泣き止むと同時に、光は静かに落ち着いたといいます。
きっとおじいちゃんが最後のお別れに来てくれて、泣いている私を心配し、泣き止んだのを見届けて安心して旅立っていったのでしょう。
それ以来、おじいちゃんはいつも私のそばにいるような気がします。
いまでも財布の中には、一緒に写った写真をお守りとして入れていますし、時々お墓参りに行っては話しかけています。
きっと、これからもずっとそばで寄り添ってくれていると思います。

寄稿者:ももりおぱぱ
趣味は魚釣りで、週末は畑で野菜を作っています。FM三重のリスナーです。

少子高齢化や人口減少、そしてデジタル化がすすんでいるのに、自分たちが暮らすまちのことはあまり知らない。ふと我に返ったとき、むかし祖母に聞いたまちの想い出話を、無意識に思い返していた。
そうだ、きっと自分が暮らすまちに誇りを持てていなかったんだ。ならば人生の先輩方に聞けばいい。まちにとって想い出はなにより大切な資産だと思うから。
自分が暮らすまちが少しだけ好きになるように「とつとつ」と語っていきます。お付き合いいただければ幸いです。





