
老年だったあの人と、若かった私の風変わりな思い出たち。
tayutaiはいろんな人が執筆する、思い出のコラムです。
父方の祖父と祖母は、私が赤ちゃんの頃に亡くなったため、ほとんど記憶がありません。
その代わり、曽祖母のことは今でもよく覚えています。
幼稚園の頃までは同居していましたが、曽祖母は動物があまり好きではなく、当時飼っていた犬にも少し冷たいところがありました。
犬が大好きだった私は、そんな曽祖母のことを、正直あまり好きになれませんでした。
でも、ある頃から曽祖母は認知症になり、家での介護が難しくなって、病院で過ごすようになりました。
年に数回だけ自宅に帰ってくる日がありましたが、その頃にはもう寝たきりに近く、ほとんど言葉を話さなくなっていました。
それでも、病院へ戻る車の中で、曽祖母が静かに涙を流していた姿を、私は今でも覚えています。
子どもながらに、「家に帰りたいのかな」と思い、少しだけ胸が苦しくなりました。
曽祖母は102歳まで生きました。
長生きだったと思います。
でも、大人になった今、一緒に暮らしていた頃に、もっとたくさん話しておけばよかったと何度も思います。
思い出すたび、今でも胸が少し痛くなります。

寄稿者:ロイ
人の気持ちや、日常の中にある小さな感情をテーマに文章を書いています。
特別な出来事よりも、ふとした記憶や、言葉にしづらい気持ちを書くことが好きです。
普段はnoteを中心に、人間関係や恋愛について発信しています。
読む人の気持ちが少し軽くなったり、誰かの記憶にそっと触れられるような文章を書けたらと思っています。

少子高齢化や人口減少、そしてデジタル化がすすんでいるのに、自分たちが暮らすまちのことはあまり知らない。ふと我に返ったとき、むかし祖母に聞いたまちの想い出話を、無意識に思い返していた。
そうだ、きっと自分が暮らすまちに誇りを持てていなかったんだ。ならば人生の先輩方に聞けばいい。まちにとって想い出はなにより大切な資産だと思うから。
自分が暮らすまちが少しだけ好きになるように「とつとつ」と語っていきます。お付き合いいただければ幸いです。





