
戦争のために整備された塩浜街道
鈴鹿市は昭和17年、戦争の最中にできた市なんですよね。当時は海軍工廠や陸軍病院があって、塩浜街道のまっすぐな道は、航空隊の飛行場に通じる道の名残だそうです。

私の生家は若松地区の塩浜街道(県道四日市楠白子線の通称)沿いにありました。家の敷地はなぜか三角地、街道をはさんだうちの田んぼもまた三角地だったんです。それで、今の住まいに引っ越す時だったか、その生家の地籍図を取ったら、もともとは四角い土地で、そこを斜めに横切る形で塩浜街道が貫いていたんです。戦争のために当時の内務省によって整備された道路だということがわかったんです。自分が生まれ育った土地や鈴鹿市の歴史にも戦争が深く関わっていることを実感しました。

塩浜街道は今では車の往来が結構激しいところですけれども、昔はよちよち歩きさせられていたんですね。私の生まれが昭和34年2月ですので、写真は昭和35、6年頃だと思うんですけど、モータリゼーション(車社会化)が始まる前ですね。私の親も、車は所有してなかったです。移動手段と言えば、父親はオートバイ、母親は自転車でした。生活範囲がそれで済んでいたんだと思います。

原風景の鈴鹿、百科事典の鈴鹿
私の人生の原風景というと大げさですけれども、母校の若松小学校の西側に何本も桜が植わってたんです。その向こうに田んぼがあって、近鉄電車が通ってて、ずっと向こうに鈴鹿山脈がある。そういう風景が幼いころの記憶にあります。

小学校高学年ぐらいのころ、父親に買ってもらった百科事典をよく読んでたんです。そこで「鈴鹿市はどういうふうに紹介されているかな」と思って引いてみたら、「伊勢湾を望む田園都市」って書かれてたんです。
同じくらいのころに、土師(はぜ・若松の隣町)の伯母から「この辺は鈴鹿の穀倉地帯」「米がたくさん取れるところや」と言われたことと、広い田んぼの光景を覚えていて。だから、鈴鹿に対して最初の印象は、「鈴鹿は田園都市なんや」というものでした。
生き物と触れ合える川、冬の風物詩が見られる海
若松小学校は、生家から歩いて5分もかからないような近くにあって、隣には小川神社がありました。

神社の境内は広くて林みたいになっていましたし、裏に回ると農業用水路だったんだと思うんですが、田んぼのあぜみたいになっているところに小川があって、小さなフナ、ドジョウ、ヤゴ(トンボの幼虫)などいろいろな生き物を捕まえて遊んだ記憶があります。今は、大抵の小川が暗渠(あんきょ)になっていたり、コンクリート張りになっちゃって、生き物がいなくなっちゃうようになっていますね。
別の小川では、伯父が「一緒に来い」って言うのでついて行ったら、ドジョウすくいで見るようなざるかごでフナを追い込むわけです。結構大きなフナが取れていました。
海も身近ですね。夏になって窓を開けていると、風で波の音が聞こえるようなところだったんですよ。歩いて堤防まで行けましたし、釣りや海水浴には自転車に乗ってきました。中学生や高校生になっても時々一人で行ってぼうっと海を見ていましたね。

今も白子、若松で少し残ってますけど、昔はのり養殖が非常に盛んで、伯父と伯母も冬場はのり養殖をしていました。11月頃から2~3月の初めぐらいまで海に「粗朶(そだ)」というのり養殖のための枝を立てて、そこに網を張ってのりを育てるんです。その様子をよく海岸から見てましたね。冬の海に粗朶が立っている風景は、冬の風物詩です。
コーラが10円で買えた、子どもたちのよろず屋
それと、学校の近くに子どもたちがよく行くよろず屋的な感じの店がありましたね。ジュースとかお菓子、文房具も売ってて、自分の家から歩いて5分ぐらいで近かったんです。
その当時は10円でコーラを買えましたね。チクロという甘味料が使われていたコーラで、そんなに炭酸は強くなかったような感じがします。甘くて茶色いジュースみたいな。ただ、チクロはあまり体に良くないということで販売中止になりました。
八百屋があって、そこも自分の家から歩いて50mぐらいのところでした。時々、お使いも行ったりしてましたね。
三重から離れて知った、身近な自然のよさ
今は白子の伊勢街道沿いに住んでいます。江戸時代には伊勢商人が扱う木綿の積出港として栄えた白子湊(旧港)がすぐそこにあって、小説や映画にもなった大黒屋光太夫(だいこくや・こうだゆう)も出帆したんですね。25年前に引っ越してきたころは廻船問屋が軒を連ねていた名残があちこちに見られました。
鈴鹿に限らず、三重県は歴史も文化も深いものがあって、山あり川あり海ありで自然が豊かです。仕事の都合で一時期東京に住んでいたことがあるんですけど、大都会にはたくさん娯楽があっても、やっぱり身近に自然が少ないんです。
若いころはなかなか、自然が豊かなことの良さに気づくことは難しいかもしれないですけど、私からこのまちの魅力を孫や身近な人に伝えていくことはできるんじゃないかなと思います。長く暮らすうえで、穏やかで、いいところですよ。

ライフ・テクノサービス広報担当。LTSブログも更新しています。推しがジャンルごとにいます(担当色が緑か青に偏りがち)。





