
老年だったあの人と、若かった私の風変わりな思い出たち。
tayutaiはいろんな人が執筆する、思い出のコラムです。
祖母にとって私は初孫だったので、
それはそれは可愛がられていた自覚がある。
祖母は私が4歳の時に亡くなったけれど、
2人目の孫が生まれるまで数年あったので、その間は私だけのばあばだった。
なので、孫ズの中で祖母の記憶が1番はっきり残っているのも私になる。
祖母と過ごした4年間で私が覚えていること、今でもふと思い出すことを、今回文字として残してみようと思う。
例えば、赤飯。
今は滅多に食卓には並ばない食べ物。
たまに食べたくなる。
自分で作ることはできない(私は料理ができない)ので、たいてい買うことになる。
そしてコンビニやスーパーで赤飯のパックに手を伸ばすときに祖母を思い出す。
祖母の作る赤飯がとても好きだったことを覚えている。
記憶とは変なもので、紅色に鮮やかなホカホカのお米に艶々の小豆、その上に輝く透明のお塩。そんな赤飯のベストショットが鮮明に思い出せる。
たしか、母と私が祖母の家に行った時に作ってくれたものだ。
当時の私は食が細かったし、食いしん坊ではなかった。
なのに祖母の家で食べた赤飯のことは今までずっと覚えているのだから、よっぽどごちそうだったのだなあと思う。
この記憶があるので私は赤飯が好きだ。むしろ赤飯が好きな理由はこの記憶に基づいていると言ってもいい。
祖母はレシピを残すタイプではなく、母は継承せずに我流でいくタイプだったので、もう祖母の赤飯を味わえないことだけが心惜しい。
ああ祖母よ!レシピさえ残してくれたら、私は今ごろ料理好きのつよつよ自炊人間になってなっていたかもしれないのに!
そんなことを思いながら私はコンビニの赤飯を食べる。これはこれは美味しいとは思う。祖母の赤飯には敵わないが。

寄稿者:うゆう
読書、アニメ鑑賞、謎解きが趣味の社会人。生粋のインドア派。
ぬい活をしたいが、熱し易く冷めやすい性格のため誰のぬいを購入するか目下検討中。

少子高齢化や人口減少、そしてデジタル化がすすんでいるのに、自分たちが暮らすまちのことはあまり知らない。ふと我に返ったとき、むかし祖母に聞いたまちの想い出話を、無意識に思い返していた。
そうだ、きっと自分が暮らすまちに誇りを持てていなかったんだ。ならば人生の先輩方に聞けばいい。まちにとって想い出はなにより大切な資産だと思うから。
自分が暮らすまちが少しだけ好きになるように「とつとつ」と語っていきます。お付き合いいただければ幸いです。



