自分の住むまち、生まれたまちのことって、案外知らないもの。まちのあちこちに歴史を記す石碑があったり、偉人の功績を称える記念館はあるものの、当たり前すぎて気に留めていなかったり。でもよくよく見えていないだけで、三重という土地にはたくさんの魅力あふれる物語が詰まっているのではないでしょうか。
そこで、三重県のまちのことをよく知る方たちに、教科書や資料では見えてこないリアルなまちの出来事をお聞きし、さまざまな角度から三重の魅力を探して行きます。何の変哲もなく見える、私たちのまち。でも深く深く掘り下げていくと、そこには思わず驚くような事実が見えてくるに違いありません。

今回は伊賀市在住のライター・神崎千春さんに案内していただき、取材に伺いました。

歴史ある商店街に新たな活気を起こす「新天地Otonari」

上野市駅より徒歩1分、小さなアーケード街の一区画に「新天地Otonari」というエリアがあります。アーケード街は「新天地商店街」という名前で戦後の闇市から始まりました。昭和30年代には上野の街の中心地としてにぎわっていましたが、時代とともに衰退し、一時はシャッター街となっていました。

現在は、バルや雑貨屋など新しいお店が次々にオープン。40年以上続く喫茶店「フランセ」をはじめとした昔ながらのお店の雰囲気と相まって、レトロでおしゃれなエリアになっています。

シャッター街からどのように今の姿になったのか。新天地商店街・新天地Otonariの管理業務などを行うダーコラボラトリ代表の山口真由子さんにお話を伺いました。

「2013年に新天地Otonariという形で商店街の持ち主と私の前任者が開発を始めました。シャッター街のままではよくない、ここの通りを活性化させたいという思いがあったんだと思います」

店舗はあまり広くないものの駅前の物件としては手ごろな家賃設定で、地元の若い年代の人が起業しやすいそう。また、長屋のようにお店がつながっていることで、店舗が孤立することなく賑わいが増していきました。

コロナ禍以前は、上野市駅前でマーケットを毎月開催。参加店舗は最大50を数えることもあったそう。

「近くから遠くまで、いろんなお店が集まって楽しかったです。駐車場のところが全部埋まるくらい。でも、コロナでだいぶ変わったと思います。お客さんがだいぶ減りましたし、テイクアウトにするなど、皆さん結構試行錯誤されてましたね」

厳しい時期を乗り越え、今では時間があると店の外に出て店主同士コミュニケーションを取るなど交流も盛ん。そんな店同士の関係作りに欠かせないのが商店街の特長でもあるアーケードです。「あるのとないのとでは全然違う」と山口さん。

「アーケードって、ひとつ屋根の下やなって思います。雨が降ってたりすると交流って難しいじゃないですか。ご近所付き合いは大事にしてますね。毎日会う仲間じゃないですか。皆さんお互いにすごい干渉し合う訳じゃないけど、『相手を考える気持ち』でいらっしゃるから成り立っていますね」

店舗同士の距離感が近い新天地商店街では、各店舗を目的に来たお客さんがついでに隣のお店に寄って行き、その店のお客さんになっていく・・・といった相乗効果があるそう。

山口さんは学生に来てもらえる商店街を目指して、昨年夏、自身が運営しているレンタルスペース「だーこキッチン」で高校生にカフェを開いてもらいました。

「伊賀白鳳高校に声かけさせてもらって、パティシエのコースの子にカフェを実施してもらいました。『お店がならんでいるところで自分たちもしたことがない』って言っていて。学校ではなく、本当のお店みたいにできるってことで喜んでもらえました。若い人が入ると、お友達も連れてきてくれて普段いない客層になるんです。商店街の雰囲気が変わりますね。高校生がワイワイしてくれることが少ないので嬉しいですね」

だーこキッチンではレンタルスペースを上野高校の自習室としても利用。好評だったことと「子どもの居場所を作りたい」という思いから、山口さんは自習室の常設を計画しています。商店街の中にある旧映画館「映劇ビル」の中にだーこキッチンを移転することになり、レンタルキッチンの機能はそのままに自習室をはじめとしたさまざまな役割を加えて再開予定です。

小・中学生も含めた学生が集まれる自習室には、見守りや学習支援の役割で現役を引退した元教員に協力してもらいます。学生が来るまでの間はコミュニティースペースとして、高齢者のサロンや子育て中の親が集まる場所として活用。そして、寄贈してもらう本を中心にだれでも利用できるブックカフェ・コワーキングスペース、予約のいらないいつでも行ける子ども食堂も併設したいそう。

山口さんの考える理想の新天地商店街は「年齢層問わず通ってもらえる場所」になること。

「闇市から始まった場所ですから。おしゃれとか気負わず普通に行ける、生活のひとつになるような場所にしていきたいです」

地酒を通して伊賀の魅力を発信する「菊野商店」

続いてお話を伺ったのは、伊賀酒仙閣 菊野商店の菊野善久さんと純子さん。上野市駅から徒歩9分、「上野天神祭」が有名な菅原神社(上野天神宮)や芭蕉翁生家の近くで、100年以上続く酒販店です。

伊賀・名張にある全ての蔵元の商品をそろえていることが菊野商店の最大の特長。お店に行けば地元のお酒が購入できます。また、コイン式試飲サーバーがあり、伊賀・名張の蔵元が造る日本酒や地元ワイナリーのワインの試飲もできます。

純子さん「お米や酵母が違うときはもちろん、同じものを使っていても蔵元によってできるお酒に違いがあります。そういったところをお店に来てもらった方には知ってもらいたいなと」

善久さん「サーバーを導入する前は、冷蔵保管したものを飲んでもらっていましたが、普通の冷蔵保存だけでは2~3週間もたてば風味が悪くなってきます。このシステムだと、窒素ガスが充填されて酸化しにくいし冷蔵管理もしっかりできますね」

お酒の管理は温度と光と空気がポイントだそう。それがしっかり管理できないとコンディションが悪くなるそうです。

善久さん「造り手が醸したものをそのまま、製品が持つ本来の味わいをお客さんに届けるのが使命かなと思っています」

春と秋には試飲会を開催。季節のお酒の飲み比べや新しいお酒の飲み方を提案するイベントも行っています。

純子さん「冬には燗酒の飲み方を紹介しています。『おっちゃんみたい』っていうイメージがあるとよく聞くんですけど、参加した人には喜んでもらってます。さまざまな温度で楽しみながら、ひと手間かけると、どれだけおいしいか知ってもらいたいです」

菊野商店のコイン式試飲や商品で伊賀・名張地域の日本酒をはじめとしたお酒を幅広く揃えているのは、蔵元のPRも担っているからだといいます。蔵元がそれぞれの酒蔵でPRをしようしても多くの場合、公共交通機関がない、長時間の移動になってしまうといった交通の面や、小規模かつあくまで製造の場所であるため受け入れ態勢が整っていないという事情があるとのこと。

純子さん「しっかりお酒造りをしてもらえるように、うちがPRを引き受けているという気持ちでやっています。大阪・名古屋からいらっしゃる方もいて『伊賀のお酒は美味しいです』っていっていただけるので、嬉しいですね」

善久さん「伊賀と地方にある全ての蔵元と直接取引していますし、地元のワイナリー、2軒両方と取引があるのはうちだけだと思います。お土産にするもよし、ご自宅で楽しむもよし。クラフトビールやジンもあります。限られた時間でもいろんなお酒をしっかり吟味して購入していただけます」

こだわりはお酒だけではありません。試飲サーバーや試飲会で使用するのは伊賀焼の器。善久さんは伊賀上野観光協会や伊賀ブランド振興会の副会長で、伊賀酒を伊賀焼の器に注いで乾杯する習慣をつけてもらおうと「伊賀市乾杯条例」のPRにも努めています。

店を構える地域の町おこしにも力を入れています。毎月第1土曜日を中心に開催される「伊賀上野まち百貨店(サイトはこちらから)」。町全体を百貨店に見立て、参加者に各店舗を歩いて巡ってもらう催しに菊野商店も参加しています。

純子さん「まち百貨店の時は試飲会を開いています。周りのお店で特別メニューのテイクアウトがあればそれ持ってきてここで食べている人もいます。試飲会は17時までですので『お酒の飲めるお店ない?』って聞かれると近所の飲食店さんを紹介しています」

伊賀のまちに根付く素朴で豊かな日常。そんな「日本の日常の良さ」を求めて外国人観光客が訪れることも多いそう。近隣の観光地である京都や伊勢とは違う穴場スポットになりつつあります。

善久さん「伊賀は京都や伊勢の中継地点、例えばバスツアーで来てもらっても上野公園のお城や忍者屋敷、その周辺しか見てもらえなくて、伊賀上野の本当の良さを伝えきれていないんです。ぜひ電車やバスで来てもらって、歩いて街の魅力に触れてもらいたいですし、菊野商店が街歩きの観光スポットのひとつになればと思っています」 

日常の食卓からごちそうまで寄り添う「伊賀肉の駒井」

最後にお話を伺ったのは伊賀肉の駒井の店主・駒井秀基さん。上野市駅から車で4分、大正時代から4代続く神崎さんおすすめの精肉店です。

店名に入っている「伊賀肉」は、伊賀牛という三重県のブランド牛から取れる肉のこと。黒毛和種で未経産、最終肥育地が伊賀地域で12ヶ月以上を過ごした肉用であることが定義とされており、風味がよく霜降りでもあっさりしているのが特徴です。全国的には珍しい、販売事業者が農家と直接取引する一頭買いで流通していて、伊賀肉の駒井では年間約100頭ほど仕入れ、お客様へ精肉加工し、販売しています。

「普段から取引させてもらっている農家さんがあります。直接立ち合いして、牛の血統だったり、実際触って肉質を確認したりして交渉しています。両者の折り合いがついたら購入という流れですね」

精肉店こだわりの伊賀牛は伊賀市民にとって身近な存在で「伊賀市民はスーパーでは牛肉を買わない?!」という噂があるほど。

店舗には、ネットや地元住民の評判を聞いた人や、ふるさと納税をきっかけに実際に足を運ぶ人もいます。

「日常の食卓用から、週末はバーベキュー用、寒い季節にはすき焼き用、と年間を通じて売れ筋は変化していきます。お盆やお正月の帰省の時期にはお土産に持たせてあげたり『地元のおいしいものを食べさせてあげたい』って準備されたりする方もいらっしゃると思います」

伊賀牛が生活に根付く伊賀市内には、伊賀牛を取り扱う精肉店が点在しています。同じ伊賀牛でも店によって味わいに違いがあるそう。その差は店の肉の取り扱いの違いだけではなく、取引している農家それぞれの飼育の仕方までさかのぼり、血統、子牛の購入元など、農家の都合や好みも含まれるといいます。

「自分の好みを農家さんに伝えています。日々コミュニケーションを取って、牛を一緒に育てているような感じですね。その分、お店と農家さん、どちらかが得をしようとすると信頼関係が崩れてしまいます。基本的に買いに行く先は決めていて、付き合いがあるところは父親の代から、ずっとですね」

先代である父親から引き継いで8年目の駒井さん。それまで、エンジニアとして会社に勤めていましたが、父親が体調を崩したのをきっかけに戻ってきました。「まったくやったことない人だと、包丁の持ち方とか部位ごとに切り分けるのは難しい」と駒井さん。小さなころから、年末の忙しい時期などできる範囲で家業を手伝っていたこともあり、抵抗なく引き継ぐことができたといいます。

「お客さんからは『農家さんとつながりがあるから安心して買える』という声もあります。これからも農家さんが育てたおいしいお肉をきちんと扱ってお客さんへお届けします」

「伊賀といえば?」と聞くと、多くの人は「お城」「忍者」と答えるかもしれません。しかし、この記事を読んだ後、同じ質問をしたらどんな答えになるでしょう。おしゃれなお店が揃ったレトロな商店街、三重のお酒が集まる酒屋さん、こだわりが詰まった身近なお肉屋さん・・・一言では言い表しきれないたくさんの魅力が詰まっていることに気付きます。

伊賀に住む人たちが地元の魅力を日常の中で受け継いできたからこそ、多くの人を引きつける歴史的な街を現代まで伝えられてきているのではないでしょうか。何気なく流れている伊賀の日常の中を歩きながら、新鮮な魅力を発見してみませんか。

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