
”第九”がくれた、歌う人生の入口
子供の頃から、クラシックの音楽をよく聴いてた。近所に知り合いの大学生のお兄さんがいて、その人の影響でベートーベンやフォスターを聴いてたから。クラシックが身近にあって、耳なじみがあったんやろなあ。
学校の音楽の授業でもレコード鑑賞会があって、シューベルトとかベートーベンの第九をよう(よく)聞かされとった。田舎の学校やのに、ちょっと気取ってなあ。先生がその音楽の背景を教えてくれる。周りは、その授業を「嫌いや、もうやめや!」言うて、逃げ出すやつもおった。でも、私は好きやった。
歌を歌い始めたのは60年くらい前。大阪に住んでるときに、たまたま「第九をみんなで歌いませんか?」っていう広告が入ってて、いっぺん行ったれ!って思って。初めて歌ったのはその時やな。そのあとコーラス団にも入って、練習するために、定時で急いで帰ってた。忙しい時でも、仕事を置いて。みんな残業でフーフー言ってたから、内緒にしてたけど。
名張に引っ越してきてからも、歌は続けてた。最初の頃は伊賀のコーラス団に入って、伊賀上野にある産業会館(現在は「ハイトピア伊賀」)で練習してた。そのあとは名張のコーラス団に入って、名張市民センターで練習。名張ではもう、30年近く歌ってる。

あの春の桜に惹かれて
名張に来たのは40年くらい前になるかな。その頃は土地神話みたいなのがあって、土地を持ってたら儲かるだろうという時代。自分の土地を買って、家を建ててみたい、という思いもあった。
初めて名張の土地を見に来た時期がちょうど4月で、桜が満開やった。一番良い時期に案内してくれたんやろなあ。その自然が綺麗でええなと思って、名張に決めた。今でも私は、ここが好きやで。やっぱり、都会とは空気が全然違う。朝なんて特に風が気持ちいいし。今でもやっぱり名張の一番好きなとこ言うたら、この”自然”やなあ。

引っ越してきた当時、名張は「人口増加率日本一」になってた時期で。今はものすごい減ってるけどね。鳥居さんのある上本町サンロード商店街も、当時はもっと栄えてた。
お店が今よりいっぱいあって、家族と一緒に行ったり、友達と飲みにいくこともあった。伊賀牛があるから焼肉屋もようけ(沢山)、あっちこっちにあって、お客さんを連れて行ったりした。

歌ってもらう喜びを、地域に届けて
10年前くらいから、音楽療法のボランティア活動をするためのグループを作って、名張や伊賀の介護施設をまわってる。最近は沢山依頼が来るようになって、施設だけじゃなくて、この前は美旗のメロン祭りにも呼ばれたし、今度は桔梗が丘の市民センターでも歌う。


私らは”聴いてもらう”んじゃなくて、”歌ってもらう”ことを大事にしてる。第九を歌うときは、”聴いてもらう”ことを前提にしてるけど、この活動ではちょっと違う。
声を出したら、肺の機能も良くなるし、脳も活性化するし、コミュニケーションが図れる。何よりも、みんな喜んでくれる。少しでも元気になってもらえたら、それだけでうれしいし、こっちも励みになるんよ。実はね、やってるうちに自分自身もどんどん元気になってる気がしてて。私がいちばん楽しんでるくらいや。


株式会社ライフ・テクノサービス採用担当。男の子二人のワーママ。
お家でのんびり過ごすのが好き。



